神仏

未ち満ちて道

祈り, 想い, 神仏

bluebird2017年の幕が開けました!
おめでとうございます!

今年の抱負は、何かありますか?

当山の抱負は「straight・まっすぐな柱」「unchain・解き放つ」「passion・波をたてていく」です。

去年の春開設されたこちらのブログ。
秋頃からは特に、多くの方にお声をかけて頂きました。
同じ志を表明して下さる方、前向きな温かいお気持ちもあれば、批判や否定や拒絶の視線やお言葉もありました。

当山の軸にある想いをどう伝えていこうか、変えていきたいと強く願う事を変えていけるんだろうか、意味のないことをしているのではないか、想いを文章にすることで本当に伝わっていくのだろうか、何も変わらないかもしれない。
でも、やってみないと、言葉に出していかないと、何も変わっていかないことがある。

個人のブログではなく、櫻本坊というバックグラウンドがあるなら尚更、誤解をうんだり迷惑をかけてはいけない、と何処まで文章で表現していいのか、その線引きというのがまだ定まっていませんでした。

が、新しい年が開き、恐れずにどんどん進んでいこうと決心できました。
brand new morning of the year心をぐるぐると巻きつけていたチェーン、そのチェーンは少しずつですが緩められてきました。
今までは、その緩んだ隙間に、外から光の筋が入り込む受け身でいましたが、今年からは、内側から外に光を放つ、その発信の本格化が始まったと思います。

ちょっと日常より濃い場所にいる中で、長く見てきた表と裏・光と闇・外と内。
素晴らしいところ、良いところも多く実感する中で、裏の裏の様々な正反対のことも見て聞いて経験してきました。
でも全てに+-があり、陰陽があるように、どんなことも繋がっていて、球体のように色んな側面がある。
一部を見て全体を語らないことを教えられました。

変化の実現を更に可能にするのに、遠慮していても意味がない。
なので、こちらのブログも、もう少し具体的に踏み入った事を書いていこう、今年はもっとハッキリと言葉を選んでいこう、と計画しています。そして何かしら、何らかの形で、この想いが繋がっていくことを信じています。

あえて波をたてて変化を促していく、ブログが炎上してもbring it on!です。
そこが「passion・波をたてていく」の抱負にちょうど当てはまります。
openroad一番伝えていきたいこと。

どこに心があるのか。
そこに心はあるのか。

なぜこの道をいくのか。
この道を歩み始めた時の志や想いは何だったのか。

原点・初心を、今この時だからこそ、今一度振り返って再確認しなきゃ、と感じずにはいられません。

どの世界でも言えることかと思いますが。
どんなに形と型があり、衣装を着、何らかの資格や肩書きがあったとしても、そこに心・真心がないと、何の意味も持たないから。ただのかっこつけのコスプレイヤーで終わり、周りもそういった目でしか見なくなるから。

人からこう見られたい。思われたい。特別なことをしているんだ。だから偉いんだ。
ある意味で、この考え方というか、周りの見方も、こういった思考回路の習慣が出来上がってしまっているように感じ、そんな変なプライドは、捨てるべきやと、私は言いたい。
そういった習慣が当たり前になってしまっていることに、危機感をもっと持ってもらいたい。

性別に国籍に職業に肩書き、組織の大きさに人数の多さ、お堂の大きさに仏像の大きさ、「文化財」という肩書きの有無・・・
祈りの道にそんなボーダーは本来関係ないはずだから、そういったことを取り払い、何が一番大切なのかを再確認していきたい。

ビジュアルで目に見えることだけを見るのではなく、見えてないようで見ていること、見ているようで見えてないこと、星の王子様の心の目を磨いていきたい。
そこが「unchain・解き放つ」の抱負に当てはまるところ。
天武さんしめ縄祈ることって、なんですか?
人の評価を得るために、この道を歩んでいるんですか?

「形の姿勢」ができても「心の姿勢」がなっていないと、あの有名な劇団四季の稽古場の言葉通りになってしまうと思うのです。

慣れ・だれ・崩れ・去れ
sun神仏と人間を結ぶ柱は、心しかない。
その柱を高くまっすぐ太くしていくのも、心でしかない。

手塚治虫のアニメ「火の鳥」が、空に向かって真っすぐ光の柱をたて飛ぶように、その真心・祈り・想い・・・が運ばれ、そして通じるためにも、「運心」「心通」の意味を、今年は特に発信していきたいです。
そこが「straight・まっすぐな柱」の抱負に当てはまるところ。

この3つの柱で、今年も前進していくのみ。
皆さん一人一人の火の鳥の柱が、天高く伸びる1年となりますよう、お祈りいたします。

Anju

雨降って地固まる

祈り, 祭禮, 行事, 想い, 神仏

毎月1日・16日は、聖天さんのご縁日です。
そして本日10月16日は、満月!
聖天祭・十一面観音ご開帳法要が執り行われました10月1日は、新月でした。
月の満ち欠けと万物との繋がりや引き寄せを感じながら、本日のブログを書くに至りました。

10月1日・新月の夜、予報通りの雨による不安定な夜空。
しかし、真夜中12時頃に、空を覆っていた真っ黒な雲が晴れ、天の河に近いと言っても過言ではない、満天の星空が見れた時間帯がありました。
新月の夜空の時にこそ見れる、漆黒の空に映える、まばゆい星の輝き。
少しすると、また分厚い雲に覆われ、しびしびと雨が降り始めました。

太陽も月も星も、それぞれ発する光は違っていても、必ずそこに、空に天に、輝いていることは確かです。
月は、雲に覆われていようがいまいが、姿が見えようが見えまいが、地球の周りをまわり続け、海の満ち引きや自然界・または人間の身体のサークルといった、循環を促してくれていることには変わりません。

光はいつもそこにある。
雲に覆われて、目に見えてその光を見ることができなくても、そこに光があることに変わりはない。
目をつぶってみて、心に浮かぶその希望の光を心で見る、星の王子様になりきった、1日の夜でした。

聖天祭

そして、迎えた1日の朝は、降り続ける雨。
しかし、この雨は、浄化の雨であって、十一面観音さんの喜びの雨だったのではないでしょうか。
観音さんは「陰」を好むといわれており、雨であったり月光であったりする、と、ある書物で読んだことがあります。
そして、不思議なことに、13時からのご開帳法要の頃には雨はやみ、聖天堂に向かって太陽の光が真っ直ぐ射していた風景が、とても印象に残る法要でした。

そして芳しく咲いていた銀木犀の最後の花びら達が、この日散りました。

本年度より、聖天祭の法要内容と時間帯が変更になり、その変更の通知や伝達に関しまして、皆さまにもご協力頂きましたこと、誠に感謝申し上げます。

歴史の中で長く続いていたことを、本来のあるべき形・姿に戻す、初心に帰って軸を立て直す、変えていく、ということは、当然ですが、たった一晩・一日でガラッと変わるものではありません。もちろん、立て直した軸の「根」をゆるぎないものにしていくにも、そこら数年でできるものではありません。
「リフォーメーション・改革」と「レボルーション・革命」の違いにも言われるように、ゆっくり時間をかけて変えていき徐々に受け入れていくか、パチッと指を鳴らした瞬間にすべてが変わりすぐに受け入れる必要があるか。
それが、どの状況で、どう受け取られたであっても、どちらであっても、どちらにも、そこに至るまでの長い長い道のりがあり、重ねられてきた深い想いと祈りがあり、「変えていく・変わっていく」必要があったから、それが全ての原点である、と個人的には思うことです。そして、これから更に積み重ねられていく祈りと言動力と、真心の日々が続いていきます。

法要の内容が変わったとしても、神仏に向ける心に限りはありません。
参拝者の数の多少に関係なく、その場にいる人の心と、神仏の心が共に一つになれば、必ず祈りは繋がるはず。
護摩がまさにそうです。護摩は、コスプレイヤーによるキャンプファイヤーでは決して、決してなく、祈りを神仏と繋ぐ神聖な法要です。護摩木1本1本にこめられた、1人1人の想いを繋ぐ。
でも、そこに、心がなければ、何も始まりません。
人間の都合だけで、人間だけで盛り上がる形ではなく、何よりも神仏が求められる望まれる喜ばれる形で、人間として出来ることを精一杯させてもらう。「ご奉仕」は神仏へ向けてすることである、と。
そのもっとも根本な初心こそ、今の時代に、あらためて見直す必要があるのではないかな、と自分を含め、心の向け場所や向け方を考えさせられます。

真心こそ、神仏の、そして人の心を動かす原動力。
目に見えることでないことほど、難しいけれど、その真心を持つことが、日々日常を「生きる」ことであり、「祈り」の意味なのではないかな...

祈願の前に、まず感謝をする心。
今年の10月1日の変化は、その原点へと心を戻し、そしてこれからも続く祈りの道へ心を進ませてもらえた日でした。

皆さまにとっても、1日にスタートした新月が、今日の満月へと満ちたように、心が充電された日々でありましたように^^

Anju

原点に帰る〜聖天さん〜

季節, 行事, 想い, 神仏, お守り

肌に感じる風、そして太陽の光は、秋を感じるようになりました。

田んぼの稲の背の高さやゴールドへの色の変化、夕陽の色と周りの雲、夜空の透き通り感、虫の声…様々な場面で、夏の終わりの近づきを知らせてくれています。

体の細胞レベルでは、季節のチェンジを本能的に感じ取っていて、自然と欲する食物や飲物も変化していることを実感します。

どんな場所にいても、このような自然との繋がりの中で感じ取れる素直な感覚というものを、いつまでも忘れずにいたいな、としみじみ感じるこの頃です^^

Fall sky

夏を過ぎると、秋の聖天大祭、天武天皇祭へ繋がっていきますが、今日は、聖天さんについて少し触れようかな、と思います!

今年始めに、当山の聖天堂の前に、新しく絵馬が仲間入りし、良縁をお祈りする、1つの目に見えた形での繋がりというものが出来ました。

風がふいた時、カラカラ…と絵馬と絵馬が当たり音が静かに響く境内。
神仏と私達人間にとって、こういった風や音というものも、言葉ではない繋がりではないのかな。

Ema1

Ema

結婚や恋愛のみならず、家族 友人 仲間 仕事 学校 地域 社会 自然 神仏…全ての繋がり、絆の中での、必要とし必要とされる素晴らしいご縁をお祈りします。

また因縁や悪縁というのも、断ち切れるように、乗り越えていくため自身が強くなれるように、支え守って下さるよう、お祈りする場。

ご縁は繋ぐだけでなく、お互いにとってベストな形での関わり方や距離というものの、バランスではないのかな、とも感じます。

Handmade

聖天堂には絵馬の他にも、聖天護摩木、他お守2体(聖天 巾着守&十一面観音 身代わり守)があります。

巾着守は、完全な手作りのお守となっていて、中に入れる水晶、巾着の布地や縫い糸、紐や台紙、使用する針や工具に至るまで、聖天堂でご祈願してから、1から作らせてもらっています。

以前、天狗さんのお守紹介の時にも触れたことですが、こういった何気ないお守1つにしても、神仏のお力をお借りして守って頂く、という感謝の気持ちを第一に持って、これらを持たれる方の幸せに繋がっていきますよう、そのためにも場の空気を清らかに保つ、人間としての出来る限りの努力は怠らないよう心がけています。

さて
今までの記事の中で、繰り返しお伝えてしてきた当山の「変化」の中で、一番大きく変わろうとしているのが、聖天大祭ではないでしょうか。

今年から、聖天大祭の法要の内容や時間帯など、当山の歴史の中でも、大きな変化の年となります。

聖天さんは、本来完全秘仏であり、浴油秘法供は本来導師のみが行うということ、本来のあるべきお姿、本来の方法で、聖天さんをお祀りする必要があると強く感じたからです。

今まで当山で行われていた形での、夜中の浴油秘法供は、決して「ナイト ミュージアム」ではありません。
非常に、非常に厳粛なはずの法要が、時代の流れの中で違う形へと変わってしまっていると感じずにはいられない現状がありました。

人間の都合ではなく、神仏が本来求められている形で、キチンと法要をさせて頂きたい。
人を喜ばせるため、というのが1番の目的ではなく、根本には神仏が喜ばれる(求められる)形&姿勢&心持ちで、まず第一に神仏と向き合うということ。

日々の法要、祭礼の行事の大小に関わらず、1つ1つ心をこめてするのは当然ですが、その中でも、聖天大祭は、特に非常に、非常に厳粛な法要でありました。
そして、それは、これからも変わりません。

聖天さんの側に必ずいらっしゃる、十一面観音さんを、本年度より、御前立ちとしてご開帳させて頂くことになりました。

10月1日 午後1時より、聖天尊 本地仏 秘仏 十一面観世音菩薩 特別ご開帳法要

夜中の浴油秘法供はございません。ご注意下さい 

文面でのお知らせ、ホームページ&フェイスブックでも随時更新しておりますが、毎年ご参拝の方にお伝え頂ければ幸いです。

原点に帰り、初心に戻り、良い方向へと必ず向かう、この「変化」が、多くの方の幸せへと繋がる道しるべとなりますように。

Anju