さい帯血バンク

臍の緒は祈りの臓器 〜中部さい帯血バンク 講演〜

ボーダーレス, ことのは つづり, 縁の下の力持ち, 祈り, 想い, 祈りと医学, さい帯血バンク, 講演, ことば

臍の緒は祈りの臓器
〜中部さい帯血バンク 講演〜

9月17日 愛知県瀬戸市 公立陶生病院
10月17日 岐阜市 おおのレディースクリニック
にて、さい帯血採取施設 教育訓練内の講演を担当させて頂きました。
生命を産みだす想いの力と、産まれてくる生命力の、とてつもないエネルギーの強さ

命の奇跡は、とても言葉で綴れるものではありません。

臍の緒という臓器を考えた時、人類誰もが、この世界に産まれるために備え付けられた、形として見える「祈りそのもの」であると思ってやみません。

その祈りの臓器から採取される血液には、母と子の愛と想いが詰まっています。

命は祈りによって産まれ生かされ守られています あなたの命が、あなた自身が、祈り

出産を控えていらっしゃる方、身近に妊婦さんがいらっしゃる方、出産時の臍帯血 提供協力によって、救われる命があります
患者の家族にとっても、繋がる夢と未来があります。

深いご理解と温かいご支援をお願い申し上げます。

*臍帯血採取のさい、母体と赤ちゃんには負担 痛みはありません。
厳格な基準を満たし認可された、公式な臍帯血採取産科施設にて、事前に同意書にサインして頂く必要があります。

Anju

日本赤十字社 近畿さい帯血バンク様とのご縁から始まり、各病院(産科 婦人科 小児科)で、医療従事者の皆様(と妊婦さんを含む場合有)に向けて行われる教育訓練 講演担当は、今年で7年目に突入しました。

*中部さい帯血バンク <さい帯血ってなに?>↓
https://www.chubu-cbb.org/entry1.html

近畿さい帯血バンクに次いで、中部さい帯血バンクは、移植施設(主に血液内科)への臍帯血提供数が2番の実績です。(*2019年1月-5月時点)

近年、血液の病気(特に白血病)の新薬・治療の著しい発展が話題になっています。

さい帯血は、赤ちゃんとお母さんを結ぶ「臍の緒」から、出産時に採取される血液で、さい帯血移植は、重篤な血液疾患の治療に役立っています。

中今を生きる -千体地蔵尊大祭-

ボーダーレス, ことのは つづり, 縁の下の力持ち, 祈り, 季節, 祭禮, 行事, 想い, 祈りと医学, さい帯血バンク, 植物&食物, 聖地, 神仏, ことば

中今(なかいま)を生きる -いま このとき ここ-

当山では、各お堂 各神仏のご宝前での各種祈願・お祓いだけでなく、お供養もさせて頂いております。
(地蔵堂 千体地蔵尊の宝前での各種お供養様子✨)

毎年 8月24日に厳修致します、千体地蔵尊大祭(地蔵盆法要)が近づいて参りました。

当山に於いて、永代供養(地蔵尊像立)・お塔婆をされている方、また先祖供養・水子供養を望まれる方、また「今 生かされている生命」への感謝や、魂への様々な想いと向き合いたい方…とご一緒に、地蔵尊の御前で祈りを捧げる大祭です。

https://sakuramotobou.or.jp/event/2019/20190824.html
(地蔵盆大祭の様子✨)


神道に「中今(なかいま)」という言葉があります。

今この瞬間を、今できる100%で生き、人生を全力で価値あるものとしていくこと。

過去 現在 未来、私たちが「この瞬間」に生きているのは「現在」「今」です。

同時に、過ぎ去った過去も「あの時」は「今」真っ只中で、「今」は次の瞬間には「過去」となり、いずれ「未来」は「今」となっていく。

時間も一如(いちにょ)-

気の遠くなるような長い歴史と時間、そして数えきれないご先祖様たちの「ご縁」によって、今自分の命が継がれ、この時代に生きている奇跡。

生かされている自分の命は、自分1人のものではなく、「他人事な命」も存在しません。

人間だけでなく、宇宙 自然 植物 動物を含む、すべてのイノチは繋がっているから。

多くの人の想いと祈り、愛を引き継いで、生命の真っ只中である「今」を生きる責任と使命が、私たちにはあります。

いま このとき ここで「ど真ん中」をどう生きるか。

数えきれない人たちの祈りを受け、生かされている自分のイノチ 大切な人たちのイノチに、感謝の心を片時も忘れない

同時に、自分たちの後で繋がれていく、奇跡そのもののイノチへの祈りを捧げる日にしたいと思います
(清水地蔵尊✨清らかな水のようにイノチは巡る✨子安・子授け・安産祈願をされる方も多く、御礼参りのご報告を頂く機会も多いです✨)

Anju

「寿命」のお話 -愛別離苦の裏側にあるもの-

ボーダーレス, ことのは つづり, 縁の下の力持ち, 祈り, 季節, 行事, 想い, 祈りと医学, さい帯血バンク, 聖地, ことば

「寿命」のお話 -愛別離苦の裏側にあるもの-
日本の8月は、お盆や歴史の記憶を風化させない記念日を含め、イノチを見直す月ですね。

去年より講師として担当させて頂いております、甲南大学「死生学」の授業で、学生さん達にお伝えしている「死生観」のひとつ-

「死が怖い、それは自分が死ぬことへの怖さよりも、自分が大切と想う人を失うことへの恐怖。その恐怖感も、死生観の1つである」

大切に想う人の「死」に絶望している時、人がかけて下さるどんな言葉も、心に入ってこないことってありませんか?

時に、刃のように突き刺さる言葉を癒すのに、何十年という月日が必要になる場合もあります。

人によって「失い方」も違いますし、「救われた」と実感する言葉も十人十色ですが、当山が生命と向き合う日々の中で、腑に落ちた言葉があります。

「寿命」そして「愛別離苦」

寿命という漢字は「イノチにコトブキ」と書きます。
最も命が祝福されている瞬間に「産まれるトキ」と「死ぬトキ」が含まれている-

生身の人間として生きているからこそ得れる、数えきれない経験と感情。
同時に、肉体はなくとも、魂として可能になる、天命としての役割や働き方。

人生は「長さ」ではなく「生き方」である、ということ。

「四苦八苦」の中に含まれる「愛別離苦」-

誰もが必ず経験する、愛する人を失う苦しみや悲しみ。
決して「他人事」ではありません。

この苦しみの裏側には「すでに、愛する人と出会っている」という、何にも変えることが出来ない、かけがえのない喜び 幸せ 尊さがあるということ-

生きること 死ぬこと
どちらが怖いと感じますか?

無駄な時間も経験も出会いも、人生ではなに1つ存在しません。

今を生きる-
今この瞬間、私たちの側で笑っている人のイノチが、明日もあるとは約束されていません。
どれだけ気をつけていても、何が起こるか分からない世界に、私たちは生きています。

瞬間 瞬間の気持ちを大切に。
どれだけ愛し、感謝しているか、ごめんって思っているのか…言葉として正直に伝えれて、受け取れる毎日でありますように
Anju