ことのは つづり

重みと厚み -護摩木-

ことのは つづり, 縁の下の力持ち, 祈り, 祭禮, 行事, 想い, 神仏, 修行

護摩木とは…
<護摩木>

月例「お護摩の日」「書禅会」
今月は27(土)です。 *下記参照↓

護摩を焚く時、護摩木を炎の中に投入します。この護摩木には、願主の願い 祈りがこめられています。
<大護摩供で投入された護摩木 祈りは炎と煙、そして祈りの言霊にのって天高く届けられる>

お預かりした護摩木は、お1人お1人の命の重み 人生の厚み…と真摯に受け取り その意識に焦点を合わせます。

そしてその護摩木に書かれた祈り事を、心読・ 黙読 もしくは読み上げ、祈りが神仏に届けられるように「祈る」のが護摩を焚く者の務め。
<護摩中の作法全てに意味があります>

吉野聖天大祭の大護摩など、多くの護摩木をお預かりする際は、前日から、1本1本 全ての護摩木を読み上げ、当日に炎へ投入します。

単純に炎の中に「投げ入れて」いるのでは決してありません。
<他者の祈りを「祈る」祈り構え/命の重み 人生の厚みを尊ぶ祈り構え>

目に見える形・目に見えない所で、何気なく目にし、何気なくしているように見える作法1つ1つ全てに、そしてお経 祝詞 賛美歌 装束 法具 数珠 笏 扇 ロザリオ…全てに重みがあり、意味があり、心構えと祈り構えがあります。

神仏・ 中取持 ・祈願者
三者一体の真心でこそ光の柱は太くなり願いは現実となる…
それはまさに、光の柱を天に向け飛び立つ 手塚治虫の火の鳥のように…

Anju
<神仏は全て見ている>

日程: 10月27日(土)

場所: 櫻本坊

時間: 10:00〜 受付 (お護摩の日参加者)
11:00〜 ご祈祷護摩法要
13:00〜受付(書禅会参加者)
14:00〜16:00頃 書禅会

書禅参加費: お1人 2,500円
お子様も大歓迎です!

*同日11:00〜のお護摩に参加され、引き続き午後の書禅会へご参加ご希望の方は、昼食はご自身でご準備下さい。

*書道具はこちらでご用意しておりますが、お道具をお持ちの方はご持参ください。

たてまつる

ことのは つづり, 祈り, 季節, 祭禮, 行事, 想い, 神仏, ことば

「まつり」のホントのこと

銀木犀の華麗で甘美な香りが境内中に漂う今日この頃
人生で1度はぜひ香って頂きたい…!毎年そう心から願って止まない、全てに魔法をかける不思議な魅力を放つ香り

秋に移り、来たる10月1日・11月11日は、吉野聖天大祭・天武天皇祭。
ほとんどの法要神事の名前につく「-祭」。

皆さんは「まつり」と聞くと、何を思い、どんな感情が湧いてきますか?

まつり まつる 祭り 祀る 奉る 間と間をつり合わせる 神様が降りて来られるのを「待つ」…

祭の最も大きな意味目的は、神仏に「たてまつる」こと。

神仏が喜んで下さることを、私たち人間も喜んでご奉仕させて頂く。
真心こもるお供え物を、みんな心を1つにして、神仏へお供えする。

神仏も人間も、ハッピーに「祭」を楽しむ原点には、今年もお米や農作物の実りがあったこと、また日常の「当たり前でない当たり前」の幸せに感謝し、真っ先に神仏へ「お供えをする」尊い喜びがあります。

全てに宿る八百万の神々に、同じく共に、全てに宿る仏たち。
人間は、目に見えているものよりも、目に見えない働きによって「生かされ」「動かされ」ている。

「生きている」ことと「生かされている」ことの言霊の重みの違いを知ると、神仏のためにさせて頂く「まつり」は、私たち人間が示せる大きな敬いと感謝の気持ちの表れであることは明らかです。

着々と進む、当山秋の2大「まつり」への準備

今年も、神仏へお祭りをさせて頂ける喜びと、御扉をご開帳させて頂ける尊さに、既に胸がいっぱいです

Anju

六根清浄 -中今-

ことのは つづり, 祈り, 季節, 想い, 聖地, 神仏, 大峰山

長月に入り、蝉の声と鈴虫の声が、四季の移ろいのバトンを共に握っているよう。
予期せぬ災害 天災を前にすると「当たり前」が「当たり前」でないことを痛感します。

日本人は、自然・命を内側から見る精神性を持つ民族です。内側から見ている命こそが自然。
自然と共に生き、生かされている私たちの「この瞬間-今-」の命を、共に大切に生きていきましょう。

さて、そろそろ、大峰山も戸閉(9/23)が近づいて参りました。

自然の中を祈り歩く中で、また護摩の中で、更には神道の祝詞(六根清浄太祓)の中でも「六根清浄(ろっこんしょうじょう)(むつのねきよくきよらか)」という言葉が使われます。

「懺悔 懺悔 六根清浄」
「我身は六根清浄なるが故に、天地の神と同体なり」
「人は即ち天下の神物なり- 諸々の法は影と像の如し。身清く心潔ければ、かりそめにも穢るる事无し。説を取らば得べからず」

神仏、そして私たちの祖先が導いて下さる「道」や「教え」に共通しているのは、祈願の前にまず「今在る、共に在る命」に感謝する心、そして気づかぬうちに作ってしまう罪や氣枯れを、祓いにより清浄とし、生命力の再生を「むすぶ」ことの重要さです。

心身が清められ、神仏と繋がる柱が太くなればこそ、心に想う願い祈りは全て成就して、叶わないことはない。

極めて実践的な「六根清浄」を唱える意味と、浄く明るく正しく直く生きる意識を、日々のお勤めの中で築き上げ、確たる信念、そして信仰へと繋げていくことが、当山の一途な願いです。

Anju