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聖油-灑那(しゃな)-のご紹介

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「清める」ことと「香り」-聖なる香油-

問い: ”皆さんの心の水槽は、何色ですか?“


櫻本坊では「清める」ことを、とってもとっても大切にしています。

神仏の御坐すところ、神仏が気持ちよく来て下さり、心地よく居て下さるように、可能な限りピンと張った清浄さを保つこと。
またご参拝の方にも、気持ちよくお詣りして頂けるように、日々「清める」ことを怠らないよう心掛けています。

清め方法は様々ございますが、今回はその中でも「香(こう)」 による清め・祓い・護身のお話を-
社寺の参拝は、鳥居 仁王門に足を踏み入れた瞬間から、日常との気持ちの切り替えをし、なるべく私語を慎むことがマナーです。
そして、神仏の御前に詣でるにあたり、知らず知らずにつくってしまった禍事 罪 穢れを、まずは祓うということが、大変重要になってきます。

櫻本坊 境内の手水舎でのお清めを済ませ、内拝される際、お堂に入る前の入り口には「塗香(ずこう) パウダー状の香」と「塗油(ずゆ・香油・聖油) オイル状の香」があります。
特に塗油によるお清めは、卑弥呼の時代、古代エジプトの時代より継承されてきた、歴史が非常に深い作法です。
香料・香油の歴史の始まりは、神殿において神を迎え、その存在を観じるためでした。祈りの儀式において、自分を清め、場を清め、邪悪なものを祓い、神や仏をより近くに感じ守って頂くために使われる、神聖な捧げもの(供え香)でした。

災いの原因が全て「魔」であると信じられていた平安時代、源氏物語に描かれる香を作るくだりは、魔除け・邪気祓いの役割に繋がり、陰陽師 安倍晴明の儀式にも香が使われていました。

当山で使用している塗油(完全天然香料)は、一般的なアロマセラピーや香水とは異なる、本来の「香」の役割(清め・祓い・守り)に基づき、調香 調合 熟成されているものです。

そして、この度ご紹介させて頂きます、こちらの香油の製作をして頂いているのが、株式会社アトリエパルファン・香りのアトリエ代表 田代はなよ先生-
*プロフィール下記参照

櫻本坊の「祈りの世界」を、田代はなよ先生の「調香の世界」に委託し表現を依頼させて頂きましたところ、お寺の意向を深くご理解下さり、祈りを調香に置き換え出来上がったのが、当山完全オリジナルの「聖油-灑那(しゃな)-」です。

また本堂 御宝前におきまして、こちらの聖油を使われる方の「清め 浄化 魔除け」そして「道開き、前途光に満ちていく」ようにと、ご祈祷をさせて頂いており、お守りと同じ扱いになります。

一滴一滴に、神仏の祈りが込められているということ。
そして香料に主に含まれております「香木」の何千年というあいだ木を腐敗から守り、森羅万象を超えてきた力が宿っています。

答え: 黒い水が入った水槽に、墨汁を何滴落としても、その違いは分かりません。濁り続けます。でも水槽の水が透明であればあるほど、すぐに気付き対処し防ぐことが可能です。
常にクリアーな心身氣・視界を持ち続けることに怠慢にならない、この繰り返しこそ大切な習慣です。

にごる・汚れる…とは、氣が枯れ生命力が低下する「氣枯れ(穢れ)」と言います。より純粋な自身になることが、神仏と繋がる糸を確たるものとし、人生を幸運へと導いてくれるのではないでしょうか。
神仏の祈りが込められた「香」そして、祈りを届ける役割を持つ「香」
田代先生とのご縁と絆に感謝し、香料の世界の深さを通しまして「真の信仰の姿とは」の気付きを頂いております。ありがとうございます。

<プロフィール>
田代はなよ先生
株式会社アトリエパルファン・香りのアトリエ代表
調香師歴45年。
名古屋大学農学部にて卒論は香料研究。株式会社ツムラにて入浴剤の香りの商品開発後、渡仏。調香師教育を多くの名調香師(世界一のROUDO NITSKA氏が94歳で亡くなられるまで教えをこう)より受け、フランスの名門香料会社MEROBOYVEAUS.A.入社。化粧品会社の香水担当を要請され帰国。香水事情のもっとも良い時、フランス、日本で多くの香水のデザインテーマを経験、独立後多いにそれらを役立てている。
ウェブサイト: https://www.atelier-parfum.com/

*「聖油-灑那-」 現在香料を熟成中のため、次回頒布は10月を予定しております。(冥加料 一つ五千円)
現在ミニサイズも製作中です。随時情報を更新致します。
*「塗油」(冥加料 一つ二千円)もご用意がございます。
こちらは「塗香」と同じ香りとなっております。
*「塗香」(冥加料 一つ千円) パウダー状の清め香です。
中身のみ頒布、容器はついておりません。

Anju

プリンストン大学からのご報告

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<<アメリカ プリンストン大学からのご報告>>

本日、アメリカより来日されているトーマス・コンラン教授と、京都大学の研究関係者 教授の皆さまがご来山されました。

襖の中から発見された古文書が、櫻本坊に関する文書とわかり、研究が進んでおります。

現時点でのご報告を頂きました。
今後の展開が楽しみです。

Anju

https://www.princeton.edu/news/2018/11/28/east-asian-studies-professor-and-librarian-uncover-rare-japanese-medieval-documents?fbclid=IwAR2mE4Iqqxf9QLetE2Ymw5RzG_yZ9nMCd2egXRTOCdkUk-43dTMxBYEP2qE

生きる行いを修める -修行とは-

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生きる行いを修める

修験道、と聞くと大抵の方がイメージするのが「修行」。

修行修行…と皆口を揃えて言いますが、では「修行」って一体なんなのでしょうか?

人によって、求める修行の内容 手段 目的は異なりますが、最も大切な心構えは共通です。

敬意と感謝-
すべてに宿る神仏を等しく敬い、共生(ともいき)している自然 生命 他者に感謝する気持ち。

山の中で行う行も、里(人間社会)での日常の行いも 、作務 勤行 瞑想 写経や禊を含む参加型の体験も…簡単な修行、簡単に得れる結果というものはありません。

単純に流されるように言われるがままに…何も考えず形だけ行っている方ほど「こんなに簡単だとは思わなかった」と主張されますが、その時点で何も気づいていない。

そこに心はあるのか。
どこに心を向けているのか、今何を考え言動とし他者へ思いやりのある発信ができるのか。

意識することで、心が投影する目の前の風景は随分と変わります。

修行とは沈黙の中で「気づく」ことであり、今この瞬間にできる100%で生きる「行いを修めていく」こと。「中今(なかいま)」の精神-

ご先祖さまたちが繋いでくれた自分の命を想い、日々私たち人間はいかに多くの支えと想いの力で生かされているのかを想うと、おのずと修行する者の言動は謙虚になり、すべての作法や奉仕に重みと敬意と感謝を見出すはずです。

「偉い」のは私たち人間では決してありません。

神仏に、お尻を向けて立っていませんか?
修行する目的と手段、逆になっていませんか?
自己満足で終わってはいませんか?
心はどこを向いていますか?

神仏への敬意と感謝を第一に、「初心」「原点」「基本」に戻る意識改革の必要性を、感じて止みません。

Anju

ps, 大講堂 聖観音・役行者母公と共に掲げられる書「おん」
御真言の初めに唱える言霊
神仏に対して、衆生(すべてのイノチ)に対して「敬います 敬意を払います 尊く思います 感謝を申し上げます」という気持ちを捧げる言霊✨ すべての言葉 作法には神仏の教えが込められ、意味があります。