大峰山

“Prayful” season

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“Prayful” season
吉野山は桜の印象が圧倒的に強いですが、秋の紅葉も心洗われる風情があります。

外から遠くから見て美しいものもあれば、中に入らないと、近づかないと気づかない美しさや良さもある。

吉野山の四季折々の自然がまさにそう-
桜も新緑も紅葉も…その真っ只中に入り、風景の一部に人間が溶け込める「間(ま)」を持つ聖地
同時に、真っ只中にいると気づかない恵みも沢山あります。

最初どれだけ眩しく思えた光も、目が慣れると、その有り難さを忘れ、もっともっと、と充分以上手元にあるのに欲しくなる。独占欲が沸いてくる。

真っ暗闇も同じです。黒い水が入った水槽に、墨汁をどれだけ注いでも、その違いにすら気づかなくなる。氣枯れ(穢れ)を浄化することに怠慢になってしまう。
すぐ側で寄り添う温かい想いや、見守ってくれている愛の深さが当たり前すぎて、忘れてしまいがちな大切なコト。疎かになりがちな、自身の甘えのブブン。

中に入ってみないと分からない多くの真実

日本人の原点である自然を敬う心は、自然(生命)を内側から観れる精神性を育み、人間としてどう生きるか…外からだけでは分からない、中に秘められる「行間の間(ま)を読む」「気配を感じる」本来の能力を、常に養ってくれているように思うのです
Anju

金毘羅大権現 祭礼

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金毘羅大権現 祭礼

毎年10月10日、当山境内 天武天皇 夢見の桜の側に御坐す、金毘羅大権現の祭礼が地域の皆さまと共に斎行されます。
今年は、役員代表者のみで斎行させて頂きました。
吉野山の氏神様である金峯神社の神様を守る、「運行/運航」の神仏であられる金毘羅大権現

秋は日本中で、自然の恵みに感謝し、自然との共存を祝福する祭礼が行われます。
本年は多くが縮小という形になっておりますが、最も大切な「神事 祭礼 法要 護摩」、神仏へ捧げられる祈りは、厳粛に粛々と行われています。

人の目に触れる触れない関係なく、極端に言えば、参拝者が零であっても百であったとしても、神仏へ向けられる真心と準備は、常に同じ。

心があるところに、祈りがある。
その神髄の原点と、しかと向き合う2020年-

Anju

唯一心に届けられるもの

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唯一心に届けられるもの
“Three things cannot be long hidden: the sun, the moon and the truth.“ -Buddha

「生きる行いを修める」ことを「修行」と、櫻本坊では常にお伝えしています。
つまり儀式中の作法や技術、山の中、もしくは社寺 聖地の中だけが行場ではなく、日常・社会・職場・家庭・人生全てが行場。

その「生きる行いを修める」なかで、毎日、私たち人間は知らず知らずのうちに罪を作っています。

小さな嘘、小さな誤魔化し、小さな陰口、小さな批判・小さな殺傷(食物 動物 植物 虫)…「小さな」ことが積もり重なると、いずれ「大きな」渦となり溜まっていく罪。

日常で、どれだけその小さな罪に気付き、反省し、努力し、感謝し、自他への思いやりある言動を選択していけるか。

常に私たちは選択しながら、生きています。

そしてその選択は、やがて人柄・人相・習慣・言葉・雰囲気・生き方となり、必ず相手に伝わっていきます。
ごまかしが効かない「心」「言霊」の時代に、今生きている私たち

「生きる行いを修める」には、心を投入することが同時に伴っていなければ、意味がありません。

神仏にも人にも、その「御心」に確実に伝わっていくのは…ごまかしが一切ない「真心」です。

Anju