拝観出入り口の下駄箱で、参拝者の方が、驚きながらも楽しそうに写真を撮っていらしたので、行くと…🐸
この後、弁財天社の池へ帰しました✨
虫も小動物も…攻撃的な声や態度を示さなければ、それこそお互いが「空気」のような存在となり、彼らが教えてくれる「淡々と生きる」本能のようなものを、教えられます。一緒に生きている、大切な友人たち。
今週も、皆様にとって、心穏やかで前向きな言動で時間を動かしていける日々でありますよう、吉野山よりお祈り申し上げます。
今月のイヒカ塾(8/17) 「再生の聖地 大峯山〜死生観を通して〜」をご受講下さった皆さま、ありがとうございました✨
古来の世界観では、「自然」という言葉はありませんでした。
「自然と一つになる」「一体化する」という発想や概念も、ありませんでした。
17世紀の西洋、「社会」と「自然」は分けられ、「宗教」と「自然」が分けられ、同時に「心」と「身体」も分けられました。
自然の原則や法則は、人間の都合を優先した物理的な規則へと変わり、自然がサイエンスのナワバリに入れられたのが、私たちが生きる「近代化」の時代。
いつのまにか、自然と人間は対立関係となり、「自然に触れたい」「自然の中に入りたい」と、砂漠の中で求める水のような、理想そのものとなった「自然」。
しかし… もともとひとつである、社会と自然。人間と自然。心と、身体。
「生まれる、誕生する」という語源をもつ「自然」が再会させてくれる、私たち人間の本来の姿や死生観を、深く考えさせられます。