さい帯血バンク

わたし、を生かすもの

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わたし、を生かすもの

7月27日(木) 岐阜県 操レディスホスピタル様にて、中部さい帯血採取施設 教育訓練内の講演を担当させて頂きました。

教育訓練では、医療従事者の皆様に、さい帯血移植によって救われる生命のお話と、1本でも多く保存数を増やすことへの情熱と貢献の意味、祈りと医療の結びをお伝えしています。

櫻本坊が大切にする想いの一つに「祈りと医療 -CAREとCURE-」の繋がりの重要性があります。

医学で身体は治せても、医学だけでは治しきれない「心」。

同時に、祈りで、折れた骨をくっつけること、怪我をなかったことにすること…死人を生き返らせること…は出来ません。

でも、祈りは、心の支えと救い、生きる力となることはできる。

心のケア、人の心に寄り添い続ける使命の宿る祈りの現場で、日々想うこと。

お寺という場所が、いま必要な方の拠り所であってほしい。沈んでいる気持ちを引き上げる、言霊を持って帰ってもらえる…祈りのクリニックであってほしい。

櫻本坊という場を活かしながら、参拝者 祈願者 皆さまの笑顔で、毎日を満たしていきたいです。


日本赤十字社 近畿さい帯血バンク様とのご縁から始まり、各病院(産科 婦人科 総合病院)で、医療従事者の皆様に向けて行われる教育訓練 講演担当は、今年で11年目です。

*中部さい帯血バンク <さい帯血ってなに?>↓
https://www.chubu-cbb.org/entry1.html

近年、血液の病気の新薬・治療の著しい発展が話題になっています。

さい帯血は、赤ちゃんとお母さんを結ぶ「臍の緒」から、出産時に採取される「祈りの血液」です。
さい帯血移植は、重篤な血液疾患の治療に役立っています。

出産を控えていらっしゃる方、身近に妊婦さんがいらっしゃる方、出産時の臍帯血 提供協力によって、救われる命があります。
患者の家族にとっても、繋がる夢と未来があります。

少子化、コロナ禍での献血の困難により、大変厳しい状況が、移植現場でも続いています。

1人でも多くの皆様の、深いご理解と温かいご支援をお願い申し上げます。

1本の護摩木の重み

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「お祈り、よろしくお願いします」

1本の護摩木を、大切に大切に握りしめて、授与所にお持ち下さるご参拝の方々が、いらっしゃいます。

その1本の護摩木には、祈願主さまの、人生の重み、生命の重みが宿っています。

その想いを、お預かりする責任の重みと、願い事が神仏に届きますように、と一緒に祈り寄り添わせて頂くことが、社寺の重要な役目です。

近年、護摩法要 ならびに 護摩木に関するお問い合わせがより増えました。

遠方で頻繁に伺えない、子どもが小さくて法要に参加することに不安がある、闘病中で実際に足を運ぶことが難しい…さまざまな諸事情と状況の方々に、祈りを身近に感じて頂きたいという一心で、コロナ禍中から「お護摩のライブ配信」を始めました。

そこから繋がった多くの皆様方との温かいご縁や、温かいお言葉の数々に、日々、我々の方が励みを頂き、笑顔を頂いております。ありがとうございます。

「お護摩のライブ配信」の枠だけでなく、月例の「月次祭〜お護摩の日〜」や、4/8・10/1の大護摩供法要「大祭日」への護摩木祈願申込、に関するお問い合わせが増えておりますので、オンライン(郵送)にてお申し込み頂ける専用ページを新たに致しました。

https://sakuramotobou.or.jp/event/contact/hirakegoma-2023.html

櫻本坊の『道開き』の力が、より一層、1人でも多くの方々の願いの成就に結ばれていきますよう、心よりお祈り申し上げます。

微力か、無力か

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微力か、無力か

「祈りは、効きますか?」
というご質問を、お受けすることがあります。
お寺という場所は、医療に従事されている方、心身の病と向き合っておられる方、そのご家族の方々と関わりを頂くことが多く、日々「祈りと医療」の結びについて深く考えさせられます。

病気・災害・戦争だけではなく、メンタルの不調、もっと言うと「生きている」だけで苦しい、と形として表には出ないものと直面してる方が増える現代社会。

祈りに何ができるんだろう、お寺はどう寄り添い、何を「提供」「提案」できるだろう、と長年考える機会を頂いています。

叶うなら…祈ることで病気が完治して生きてほしい、と私たちも現場で日々願うことです。

でも実際は、祈りだけで骨折を治すことも、怪我の出血を止めることもできないし、祈りで死人を生き返らせることも、できません。

人間の現実的な努力や、医師や専門家の物理的な技術もあってこそ、一如と考えさせられます。

そして、必ず「祈る」「信じる」ことの心の支えや、「想う」ことが力となります。

神仏・中取持(僧侶や神職)・祈願者、そして共に携わる方々の働きや気持ちが揃って、三位一体で、物事が調っていく。

きっと、どれかが欠けても、祈りは成り立たないのではないでしょうか。

喜びを倍に
苦しみや悲しみを半分に-

「苦しまずに、最期を迎えれた」
「余命が少し伸びて、遠方の家族が間に合って皆で見送れた」
「闘病の支えになってる」

祈る行為は、微力か、無力か。
いずれも、「想いは必ず力になる」ことは、偉大な真実です。

4年ぶりに、本来の形に戻った、大峯山戸開式の法要。

山上参籠所の戸開準備で、ご奉仕で登って下さっていた行者たちも、順次無事下山中。

山から帰って来られる皆様の目の輝きは、素晴らしいです。

(櫻本坊 大峯山上参籠所 坊守撮影)