櫻ジェンヌのいろは

神仏が御坐すところは、常に清らかな薫りが漂っています。
神仏も私たち人間も、穢れた臭い場所に行きたい(居たい)とは思
「お清め」は、すでに綺麗なところを更に磨くこと。
「掃除」は、散らかり汚れているところを綺麗にすること。
その意味合いは、実際大きく異なります。
最も尊い修行は、お清めとお掃除です。
「清く正しく美しく」
“櫻ジェンヌ“(櫻本坊関係者・行者一同)が、常に目指すところ
Anju
努力が9割
櫻本坊では当山を基点に、吉野山奥宮への登拝修行 〜歩禅〜を、住職先達で同行(どうぎょう:共に修行をする)させ
1300年前に、役行者が世界平和のために祈り歩み、天武・持統
行中は「無言の行」とし、自然が語りかける、1人1人に必要な「
しかし、そこに「気づいていく」のは、誰でもない自分自身の心の
何も考えない・何もしない・ただ黙っていれば、何かしら気づかせ
すべてに宿る生命の重みは等しく尊く同じ-
その一歩一歩に、先人達の想いが宿り、自然の生命の営みの上に在
努力せずして答えはでない中で、自分の心で決め、自らの足で歩み
今週末、当山では「得度受戒式」が執り行われています。
…自分が今できる100%で、生きる行いを修めていく、良い想いと 謙虚で真摯な姿勢を持ち続ける。
私たち人間は「当たり前」こそ怠けてしまいがちで、
「誰も見てないし、これでいっか」
そのような気持ちの怠慢を、自身に許してしまうことが既に「
こういった修行の道場では、社会での身分肩書・性別・年齢・
全てに、その人の心構えが曝け出され、何一つごまかせない「
この心構えの積み重ねが、日常の尊い「祈り」であり、人への「
Anju