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生きる行いを修める -修行とは-

生きる行いを修める

修験道、と聞くと大抵の方がイメージするのが「修行」。

修行修行…と皆口を揃えて言いますが、では「修行」って一体なんなのでしょうか?

人によって、求める修行の内容 手段 目的は異なりますが、最も大切な心構えは共通です。

敬意と感謝-
すべてに宿る神仏を等しく敬い、共生(ともいき)している自然 生命 他者に感謝する気持ち。

山の中で行う行も、里(人間社会)での日常の行いも 、作務 勤行 瞑想 写経や禊を含む参加型の体験も…簡単な修行、簡単に得れる結果というものはありません。

単純に流されるように言われるがままに…何も考えず形だけ行っている方ほど「こんなに簡単だとは思わなかった」と主張されますが、その時点で何も気づいていない。

そこに心はあるのか。
どこに心を向けているのか、今何を考え言動とし他者へ思いやりのある発信ができるのか。

意識することで、心が投影する目の前の風景は随分と変わります。

修行とは沈黙の中で「気づく」ことであり、今この瞬間にできる100%で生きる「行いを修めていく」こと。「中今(なかいま)」の精神-

ご先祖さまたちが繋いでくれた自分の命を想い、日々私たち人間はいかに多くの支えと想いの力で生かされているのかを想うと、おのずと修行する者の言動は謙虚になり、すべての作法や奉仕に重みと敬意と感謝を見出すはずです。

「偉い」のは私たち人間では決してありません。

神仏に、お尻を向けて立っていませんか?
修行する目的と手段、逆になっていませんか?
自己満足で終わってはいませんか?
心はどこを向いていますか?

神仏への敬意と感謝を第一に、「初心」「原点」「基本」に戻る意識改革の必要性を、感じて止みません。

Anju

ps, 大講堂 聖観音・役行者母公と共に掲げられる書「おん」
御真言の初めに唱える言霊
神仏に対して、衆生(すべてのイノチ)に対して「敬います 敬意を払います 尊く思います 感謝を申し上げます」という気持ちを捧げる言霊✨ すべての言葉 作法には神仏の教えが込められ、意味があります。

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