『止観瞑想』道場部屋の開眼法要を厳修いたしました✨

あたたかな眼差しの仏様に見守られ、四季折々の風景が目の前に広がるお部屋。
窓の向こうにいる小鳥と目が合うほど、自然と溶け合う環境。
自然の色が移ろう様子を含め、このお部屋の魅力も、今年は沢山ご紹介していきます✨
吉野聖天ご本地仏『十一面観世音菩薩像大修理・聖天堂参道整備』ご寄付のお願い

皆さまには、いつもあたたかいお心遣いを賜り、心より感謝申し上げます。
当寺院 聖天堂に関する勧進を、本年度よりご案内させて頂く運びとなりました。
聖天堂ご本尊のご本地仏 秘仏・十一面観世音菩薩像が、数百年ぶりに修理が必要となり、またご仏像修理に合わせて、聖天堂参道の整備事業も行う運びとなりました。
櫻本坊の長い歴史の中で、数えきれない方々が向けて下さる実直な祈りが、今日に確実に結ばれていると肌で感じる日々、この祈りの道を百年・千年先まで繋げていきたいと心より願っています。
その象徴の一柱であられる、聖天堂ご本尊ご本地仏像の修理を、この度させて頂ける機会に恵まれたことは、大きな希望であり、何より大変有難いことと率直に感じております。
この機会に、吉野聖天様 十一面観世音菩薩様と、更に深いご縁を結んで頂けますと幸甚です。
何卒、引き続き皆さまのあたたかいご理解 ご支援のほど、よろしくお願い申し上げます。
勧進の詳細は、下記リンク先(櫻本坊公式HP)よりご確認いただけます。
https://sakuramotobou.or.jp/event/2026/kanjin11.html
阿 理 我 等
「山の中に入ると、毎回最後は、ありがとう、の気持ちと言葉に尽きる。里でもいつも、この想いを持ち続けたい。」
住職が常日頃からよく話してくれることです。
また同じく、副住職も山に入ったさい、”阿理我等(ありがとう)“という当て字が、頭に浮かんだそうです。
阿(本不生)の理、つまり真理の境地・視点において、「我」を含めての、ありとあらゆる物事は、平等である。
私たちは、ついつい「一人でできた、やれた、成し遂げた」と勘違いすることが日頃から沢山あります。
でも真実は、一人で産まれ生き死ぬことすら、私たちには絶対に不可能なこと。
全てが繋がっていて、「生きている」のではなく、人・もの・大自然に常に「生かされている」のが、私たち。
「わたし」というかぎかっこは、自分がつけている檻であり、固定概念にすぎません。
そこを手放せたら、手を伸ばせば、全てと手を取り合える。
一瞬一瞬にして、自然が示し表現している… 大自然が無言で説いている説法、それが「ありがとう」の極意ではないでしょうか。
でもまずは…そこに気づくかどうか。
気づけば必然的に湧き出る、「ありがとう」。
その気持ちと言動の実践こそ、本当の意味での修行だと、里の行の中で常に感じることです。

写真は、大峰山のキノコ🍄🟫
「今日まで、生きていてよかった」
「どのような日であっても、生き続けよう」
寄り添い支え合うように生える姿に、自分を生かし、大切に想ってくれる人たちの存在へ…尽きぬ感謝が湧き出る瞬間。
前へ逃げる!
メッシーナ海峡の岩場で、6つの首で船員を襲う女の怪物と、海水を飲み込み渦を巻く怪物の間を、船で通らなければならない。
どちらも避けられない危険な状況で、右・左・後ろではなく、リスクを取ってでも、あえて船を前(怪物の間)へ直進させる決断をする。
現代でも語り継がれる、ギリシャ神話「スキュラとカリュブディス」は、有名な話。
“A good offence is the best defence.”
(前へ突き進むこと、挑戦することが、最善の防御)
サッカーでよく耳にする言葉も、有名な話。
このように、どちらを避けても、絶体絶命であることは確かで、身動きが取れないほど、どうしようもない状況に陥ったとき。
後ろへ下がって、来た道を戻って、解決できることもあるでしょう。
心配や不安、焦り、パニック、失敗への恐怖もある。
そんな時、最も避けて通るべき、前へ、逃げる。
突き進む。通り抜ける。
思いっきり突き切ったら、多少の傷はできたとしても、意外と通れた!ってことが多々あります。
何かをする前は、気にしていた多くのこと。
もし…。万が一…。色んなシミュレーションとシチュエーションを巡らせ、身動きが取れなくなる要因を、自分が作りだしていた、なんてことも、多々あります。
済んでしまえば、多くのことは気にならなくなっている。
「責任を取りたくないから」と、誰かが何かを決断し行動に移すのを眺めるだけなんて、もったいない。
それとなく、やってみよう。
いざとなったら…前へ逃げ切ればいいだけのこと。
そうやって、ちょっとずつ、私たちは成長できる。
自分達の人生、先頭きって道を切り開いていくのは、誰でもない、自分自身なのですから✨

……
吉野弁財天社にて、例祭を斎行させて頂きました。
当山 境内のほぼ中心に、あでやかに鎮まります、吉野弁財天社。
白蛇を従えた 水を司る美しい女神であり、芸能・弁(コミュニケーション・言霊) ・財(経済・商売・人脈・縁結び)の巡りを良きものとし、「宇賀神」とも唱えられます。