不動明王ご縁日(28日)初護摩🔥
山に入らせていただくこと。
お堂の中で修法をさせていただけること。
私たち人間は、常に自分自身のことで必死で、目先のことしか見えない時があります。
それは「修行」の世界でも同じことが言えます。
修行は、「する側(者)」が「エライ」のではありません。
修行を、させて頂ける場所があって、実現できること。
修行を、理解して下さる家族や職場の方、そして修行を気持ち良くできる環境を、一緒につくり支えて下さる数多くの方々の存在があって、可能となること。
もともとあって当たり前はなく、もともとなくて当たり前の現場に、どれほど多くの方々の惜しみない想いと手間が積み重なってきたのか。
だからこそ、どのようなことにも、ただただ感謝の言葉と気持ちに尽きると、日々、思うことです。
世のため人のために何ができるのか。
そのために、いまここで自分は何ができて、どうあるべきか。
常に自問自答し、実践し続ける気持ちと行動力を維持することは、そう簡単ではないなかであっても…
それでもやっぱり、人を信じて、人の心の平安を祈り続けたい。
日々、思うことです。

