さい帯血バンク

何かを伝えることよりも大切なこと

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兵庫県 甲南大学にて 「死生学 〜日本の死生観〜」の講義をさせて頂きました。

将来、臨床心理士・公認心理師・心理カウンセラーを目指す生徒さんが多く受講されている、こちらの講義。

家族や友人・パートナーという、大切な人の「死」を経験することは、遅かれ早かれ、平等に全員に訪れること。

その「いつか」の順番が、自分にきたとき。
その「いつか」を迎え、どう死を捉え、生の覚悟へと繋がていけるかを、懸命に模索している人が、目の前に現れたとき。

もちろん、精神と身体を引っ張り上げていく、言葉のチョイスや、専門的な技術は必須です。

でも同時に、忘れないでほしい、心に留めておいてほしい、と皆さんへ願うのは、諦めずに「心を向ける」こと。

薬や治療法があったとしても、それだけ処方して、それだけ飲んでいればいい、というものではないこと。

精神と身体は医療で救えても、心がなければ救えないのが、心なんだよ、ということ。

お寺は医療従事者ではないけれど、祈りのクリニックとしての役割があります。

日々、心身の当病平癒のご祈祷相談が最も多い祈祷寺として、死生観について深く考えさせられる現場にいて、何かを「伝える」こと以上に、「聴く」ことも、相手の生きる力に繋がると、気づかされました。

祈る時間は、聴く時間でもある。

ご家族の当病平癒祈願でお参りに来られていた方が、「物理的に命は救えなくても、本人も、私たちも、心は救われた」と仰って下さった一言と、安らかな表情が、今でも忘れられません。

心を救える、心のある「聴く力」を養い、これから人を救っていかれる立場を目指す若い学生さん達の未来を、微力ではありますが、しっかりと支え続けていける寺院でありたいです✨

AI的な効率性とは真逆の考え方であったとしても

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本年も、兵庫県 甲南大学にて、非常勤講師として「死生学」の講義 「日本の死生観」を担当させて頂きました。

「死生学」の受講希望者が年々増え続けているそうで、今年も沢山の生徒さん達とのご縁に恵まれました。

毎年、本講義を通して、非常に前向きに捉えて下さる学生さんが多く、心から嬉しいことです。

その中でも特に嬉しかった感想文には
………

「生老病死という避けられない無情を前提にしつつ、では、どう生きるかへと転換していくか。それでも、祈り続ける、という姿勢に、血の通った人間としてのあたたかさを感じた。修験道は昔の話ではなく、私たちの年代に役立つ考え方が現在進行形でたくさんあると知り、もっと学んでみたい。」

「役行者の生涯や、山伏の実践に込められた精神は、単なる宗教史の一項目ではなく、人としてどう生きるか、生き方そのものを問う教えとわかった。AI的な効率性とは真逆の、一歩一歩その日の生活の中に道を見出すという考え方に、現代に生きる私たちが本当に大切にすべきものを教えられた講義だった。」

「明確な神が存在し、その神の教えに従う生き方ではなく、常に自分たちが人間であることを意識した生き方や、特別な存在にならなくても、日常の中で心を正しく保ち、人の幸せを思い行動することで、自分自身を高めていけるという、前向きな姿勢に感銘をうけた。」

「自らの心身を鍛えることは、単に自分の成長のためだけでなく、周囲の人々を励まし支える力にもなる。懺悔は、自分を責めるためではなく、ありのままの自分を見つめ直す行為である。そこから感謝が生まれ、日々の生の受け止め方が変わっていく。人間の様々な苦しみに寄り添いながらも、最終的には自分の力で前へ進めるよう背中を押す、修験道の現実性と実践性を聞き、今の自分の生き方を見直すきっかけとなった。」

………
お互いの姿は見えなくても、何をやっているか分からなくても、世界のどこかで、誰かが誰かを想い、人を想い、社会を想い、どこかで必ず、全ての生命は繋がっていることに気づく。

想いにこたえていく、形として目に見えなくても、その先に結ばれる心を、信じてー

講義は、今週も続きます✨

その強さは人間にしかない

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本年も、境内 清水地蔵尊前 ・宝生地蔵尊前 ならびに地蔵堂に於いて、地蔵盆法要を厳修致しました。

全国各地より、心を向け想いを共にして下さった施主皆様、また暑さ厳しい中、ご出仕下さった行者皆様に、深く感謝申し上げます。

お供養をお申込下さる方々の世代交代や、新規でお申込み下さる方々との新しいご縁をじわじわと感じる近年。

お子様やお孫様の代に、お供養の意味や、手を合わせることの大切さが引き継がれていく様子を知ることができるのは、お寺としても大変有り難いかぎりです。

そして、ご先祖様や大切な故人へ想いを伝える形として、お地蔵様に安らぎや温かみを感じお参り下さる方々の背中に、誰もが喪失や悲しみと共に生き、希望を失わないことの精神力に気付かされます。

悲しみを悲しみのまま置いておかず、生きる力へと、そして次の誰かを生かすためにと、転換していく強さを持つ私たち人間同士の「縁」。

このように今に結ばれる、私たち一人一人の生命の祝縁に、重ね重ね感謝申し上げます。