GAGA | ブログ@櫻本坊

やまと ことのは つづり

「道」が「道」になる前の「道」-奥駈修行満行-

奥駈修行、今年も無事満行することが出来ました。
多くの方のサポートと、祈りに感謝申し上げます。

山から戻って来られる修行者の皆さんのお顔は、毎年とってもイキイキ。
目がキラキラ輝いておられます。

「修験道」なんてカッコいい名前が付いていますが、役行者が実際に生きていた時、きっと名前なんてなかったはず。

ただただ純粋に、自然に身を置き、そこに宿る様々な神仏に祈りを捧げ、生きとし生ける全ての命への感謝と幸せを願い続けた「道」があった。

人間は自然の一部であって、共に生き、生かされ、命の循環の中で、与えられた生を生きる。

修験道、とは何か。
原点には何があるのか。

修験道という名と形に縛られない、もっと根本にある深い「祈る心構え」や「道」の在り方を今一度あらためて、振り返るべき転換期にあると感じて止みません。

Anju

8月は、女性のための奥駈が開催されます-

新月の祈り ‐奥駈修行‐

Heading to Okugake Pilgrimage

本日明朝3時30分、奥駈修行(5日間の大峰々中登拝)へ出発された修行者の皆さん。

毎年来られる方、新しく来られる方、今回で引退を覚悟して来られる方。修行者自身の胸中も様々。

ご家族の方の理解や支えがあってこそ、実現できる修行。自身と他者の祈りと想いを込めながら歩く道。

サポート隊が毎年ただただ願うことは、とにかく全員無事に、誰1人怪我 事故なく帰ってきますようにの一心。

明日は新月。
新月の日の願い事は叶いやすい、とちまたでは言われます。

新月の力がみなぎる奥駈修行期間を通して、修行者・その家族・そして全ての人の祈りが、満月のように満ちていく事を願って…

Anju

写真は、出発前 本堂前にて。
道中安全祈願の勤行-

人はなぜ祈るのか

イヒカの火への誓い -満月を瞳に映して

「人はなぜ祈るのか」
例えばモンサンミッシェル。
満潮時には海に浮かぶ島となるため、潮が引くのを待ち干潟を歩いて教会を目指した、かつての巡礼者たち。教会への道は、まさに命がけ。

なぜ命をかけてまで、人は教会へ向かったのか。

例えばルルドの泉。
病気が治るという奇跡の水を求め、多くの巡礼者が殺到する聖地。
現実的に、完全なバリアフリーとは言えない教会の敷地内に、それでも杖をつき車椅子を押し、水を求め向かう巡礼者たち。

なぜ「科学的な根拠も何もない”水”」を求め、人は教会へ向かったのか。
命をかけ、水を求め、秘境の地で辿り着くところにあるのは「信じること」のみ。

ただ祈るためだけ、に人は向かう。

祈ること全てが原動力であり、その先に繋がる希望を、人は信じ…観る。

明後日30日は、お護摩の日-イヒカの火-。
https://sakuramotobou.or.jp/event/2018/2018ogomanohi.html

「吉野山って遠い」という印象がほとんどかと思いますが、役行者が歩いた道を、1350年たった今も人は「祈るため」に歩いている。

人が真に何かを求める時、距離は言い訳でも障害でもなくなります。

人はなぜ祈るのか。
あなたはなぜ祈るのか。

「祈るため」の時間と空間をみなさんと共に観じ、「信じることを信じる」心を確たるものにしていきましょう。

Anju

あなたに寄り添うもの

あなたに寄り添うものWhat brings us here, this point of life journey today? Whoever you’re with, wherever you stand at, whichever decision you are about to take…Destiny is taking our lives, Deities are guiding our lives.

We should not be worried.自分の命を運ぶ道を信じること「運命」
自分の命が宿る仕事を信じること「宿命」
自分の命の使い方を知り信じること「使命」
自分の命に懸ける想いを信じること「懸命」

神仏と共に生きている自分(魂)を信じること「天命」

全ては命があってこそ。
命より大切なものは、ありません。

私たちに寄り添う「命」を、信じて生きていきましょう

Anju

イヒカ

今月6/30から開放されます、どなたでもご参加して頂ける、お護摩の日-イヒカの火-。

「イヒカってどういう意味ですか?」
というご質問を多くお受けいたしましたので、ご回答させて頂きます。
井光(いひか)、と書きます。
こちら櫻本坊の正式名称は「井光山五臺寺 (いこうざん ごだいじ) 櫻本坊」と申します。

神武天皇の時代に遡りますが「井光人(いひかびと)」という、光る井戸から現れた伝説を持つ、吉野の祖がいました。
その嫡流が、櫻本坊 住職第1世 角乗(かくじょう)です。

お護摩の日は、原点に戻ることを第一に、雄大な河の源流の一滴、大木の始まりの一粒の種…目に見えない部分こそを大切に、「今」に活かしていく「今」を生きる力にしていける、そんな日にしたい!という想いを込めさせて頂きました。

ご参拝される皆様の想いが力となりますよう、深く願っております。

Anju