GAGA | ブログ@櫻本坊

やまと ことのは つづり

役行者と薬草 -念ずれば花開く-

役行者と薬草 -念ずれば花開く-
当山の境内・中境内には、さまざまな薬草 ハーブが生い茂ります。
この時期は摘み取り作業に入り、神仏へまずは献花をし、その後乾燥させたり、チンキを作ったり… 植物のエネルギーを頂きます。(*これらは例えば奥駈修行受入などで様々な形で使用します)

薬草というのは、古来より神聖な場所の浄化のために植えられ、西洋では、牧師や修道女が教会の庭で育てた薬草を調合し薬とし、民へ施し、心身の浄化 治療に用いられてきました。

万葉時代、役行者も、自然の中で生い茂る薬草の力を借り、自身の怪我や不調を治癒し、また里で治癒を必要とする人たちを診て(看て)いた、と多くの伝承が残っています。

祈りとともに存在する植物たちと、自然の中の薬剤師でもあった役行者。
役行者をお世話していた前鬼・後鬼。
当山では、万葉当時からある”柿の葉“を、前鬼・後鬼へお供え致します。(お寺の故実に則る)
柿の葉はビタミンを多く含み、山中の貴重なビタミン摂取源でありました。

このように、神仏へ献上される植物にも、すべて意味があり、心を込めて「お供えをする」ことは、法要神事 そしてお祭に深く関連しています。

さて、西洋のハーブですが、浄化鎮静力が強いラベンダーが、今年も弁財天社の側で咲きました。
今では腕いっぱいの花束が作れるほど収穫できますが、ここまでくるのには、山の土壌も関係しますが、10年という月日がかかりました。(最初の数年は一掴みできる程度の量でした)
何事も、大地に根を張り、大輪を咲かせるまで…1年 3年 5年 7年 10年という月日が必ず必要です。

私たち人間の祈りや想いも同じ。
日々の想いの積み重ね、祈りの実践が、信念となり信仰となる。

今日やって明日変わらなくとも、腰を据えて長い目で物事を見ることの大切さ。
目に見えない土の下の根の部分の大切さ。

念ずれば「絶対」花開く。
信じる、ことを信じて…

Anju

当山の薬草 ハーブリスト: 大和当帰 フジバカマ 大和橘 セージ 鳴子百合 どくだみ ローズマリー ラベンダー ネトル ペパーミント レモンバーム スギナ 等

祈りと医学 CAREとCURE -中部さい帯血バンク 講演-

「祈りと医学 CAREとCURE 」〜中部さい帯血バンク 講演〜

本日、三重県で初の臍帯血採取施設となられました、三重県鈴鹿市 白子ウィメンズホスピタルにて、さい帯血採取施設 教育訓練内の講演を担当させて頂きました。
〜さい帯血がつなぐ生命の輝き〜

もし、医療の現場から「心」「祈り」「想い」が取り除かれてしまったら…それは医療の限界を意味する、と現場にいると強く感じます。

祈りの現場と医療の現場は、共通点が沢山あります。

アプローチが違うだけで、救うという使命感や、寄り添う姿勢と気持ちは同じ。
「生き方」「死に方」と真っ直ぐ向き合う現場。

「医療」は「心」です。
「祈り」は「医療」です。

祈りはイノチ、イノチは祈り。
想いは確実に生きる力となります。

60億とも70億ともいわれる、地球上に生きている人類。
生き 生かされているのは、私たちだけではありません。
自然も動物も植物も、みんな共に生きている。
イノチの始まりは皆同じトコロから産まれていて、すべては繋がっている 「一如」-

そう思うと…「他人事」なイノチはありません。

さい帯血バンク様との活動を通して、医療に携わる方々と共に、心と体のCAREとCUREの繋がり、祈りと医学の密着性を、お伝えし続けることの重要さと使命感を噛みしめています。

Anju


日本赤十字社 近畿さい帯血バンク様とのご縁から始まり、各病院(産科 婦人科 小児科)で、医療従事者の皆様(と妊婦さんを含む場合有)に向けて行われる教育訓練 講演担当は、今年で7年目に突入しました。
医師 看護師 助産師 医療事務職の皆様への教育訓練様子

*中部さい帯血バンク <さい帯血ってなに?>↓
https://www.chubu-cbb.org/entry1.html

近畿さい帯血バンクに次いで、中部さい帯血バンクは、移植施設(主に血液内科)への臍帯血提供数が2番の実績です。(*2019年1月-5月時点)
赤ちゃんの最初のボランティア

近年、血液の病気(特に白血病)の新薬・治療の著しい発展が話題になっています。

その中で、さい帯血移植・骨髄移植は、重篤な血液疾患の治療に役立っています。

プリンストン大学からのご報告

<<アメリカ プリンストン大学からのご報告>>

本日、アメリカより来日されているトーマス・コンラン教授と、京都大学の研究関係者 教授の皆さまがご来山されました。

襖の中から発見された古文書が、櫻本坊に関する文書とわかり、研究が進んでおります。

現時点でのご報告を頂きました。
今後の展開が楽しみです。

Anju

https://www.princeton.edu/news/2018/11/28/east-asian-studies-professor-and-librarian-uncover-rare-japanese-medieval-documents?fbclid=IwAR2mE4Iqqxf9QLetE2Ymw5RzG_yZ9nMCd2egXRTOCdkUk-43dTMxBYEP2qE

生きる行いを修める -修行とは-

生きる行いを修める

修験道、と聞くと大抵の方がイメージするのが「修行」。

修行修行…と皆口を揃えて言いますが、では「修行」って一体なんなのでしょうか?

人によって、求める修行の内容 手段 目的は異なりますが、最も大切な心構えは共通です。

敬意と感謝-
すべてに宿る神仏を等しく敬い、共生(ともいき)している自然 生命 他者に感謝する気持ち。

山の中で行う行も、里(人間社会)での日常の行いも 、作務 勤行 瞑想 写経や禊を含む参加型の体験も…簡単な修行、簡単に得れる結果というものはありません。

単純に流されるように言われるがままに…何も考えず形だけ行っている方ほど「こんなに簡単だとは思わなかった」と主張されますが、その時点で何も気づいていない。

そこに心はあるのか。
どこに心を向けているのか、今何を考え言動とし他者へ思いやりのある発信ができるのか。

意識することで、心が投影する目の前の風景は随分と変わります。

修行とは沈黙の中で「気づく」ことであり、今この瞬間にできる100%で生きる「行いを修めていく」こと。「中今(なかいま)」の精神-

ご先祖さまたちが繋いでくれた自分の命を想い、日々私たち人間はいかに多くの支えと想いの力で生かされているのかを想うと、おのずと修行する者の言動は謙虚になり、すべての作法や奉仕に重みと敬意と感謝を見出すはずです。

「偉い」のは私たち人間では決してありません。

神仏に、お尻を向けて立っていませんか?
修行する目的と手段、逆になっていませんか?
自己満足で終わってはいませんか?
心はどこを向いていますか?

神仏への敬意と感謝を第一に、「初心」「原点」「基本」に戻る意識改革の必要性を、感じて止みません。

Anju

ps, 大講堂 聖観音・役行者母公と共に掲げられる書「おん」
御真言の初めに唱える言霊
神仏に対して、衆生(すべてのイノチ)に対して「敬います 敬意を払います 尊く思います 感謝を申し上げます」という気持ちを捧げる言霊✨ すべての言葉 作法には神仏の教えが込められ、意味があります。

清い!

1年を通して、自然の恵み 潔い美しさと癒しを与えてくれる境内の植物たち

今の季節は、ツツジが「先代・夢見の桜」の周りで、絶妙に違う色合いで華を添えています。
ピンク 赤 オレンジコーラル スイカ色

そこに集まる、命と幸せを運ぶ ミツバチやテントウムシ:)

吉野山は「桜(ピンク!)」のイメージが強いですが、燃えるような新緑は眼と心に眩しく、青と緑が全身(全心)にエネルギーをチャージしてくれます

雨を喜び 太陽を喜び 虫たちの訪問を喜ぶ…すべての瞬間は2度と戻らず、すべての営みが愛おしいイノチです。

毒と捉えるか…等しく愛おしい命と捉えるか…

自然の清らかさ 尊さに感謝をこめて…
夕陽をバックに✨清い✨
毎日 ミツバチがブンブン来てくれます✨
こちらが見守る姿勢でいる限り、人間に危害は加えません✨
共に生きてる✨
毒と捉えるか…等しく愛しい命と捉えるか✨

Anju