GAGA | ブログ@櫻本坊

やまと ことのは つづり

心の距離

ぴあ発行「お守り・おみくじ・おふだの本 関西版」雑誌内に、聖天縁結び絵馬・九重守が紹介されました。
本書で編集長さまも記されていますように、
この刻々と変わる状況下で、参拝者側の、社寺への参拝を控えさぜるをえない、でも神仏へ祈る心は持ち続けたい。
社寺側の、祈りと共に人々に寄り添いたい…そんなジレンマの中でベターな方法を、両サイドどちらも模索しています。

参拝が第一ではありますが、社寺・神仏との結ばれ方で、唯一永遠に変わらないことは、そこに心があるかないか。心の距離。そこにすべてがつきます。

いつか必ず時機をみて…実際に皆様の笑顔を拝見できる日が、1日でも早く迎えられますように。

Anju

Right Direction

光の射す方へ−
生命の向かう方へ−

自身の心の中に、すべてを既に持っている私たち。
Anju

*境内「吉野弁財天社」にて

その灯火を、どうする?

夜明け前の静けさと暗闇の中で

自身を1本のキャンドルとしてイメージした時、その炎はどのような揺めきでしょうか?
大きさは?色は?形は?

そして、その明かりは、周りをどのように照らしているでしょうか
主のキャンドルの灯火は、他のキャンドルへ分けられていき(分燈)、その場がどんどん明るく照らされていきます。

分け与えても、主のキャンドルの炎は、決して弱まったり、消えません。
なのに、既に十分ある灯火の尊さに気づかず、もっともっとと、欲しがる私たち人間。

自分のものが減ると感じるから、独占欲にかられ、想い合う心が欠け、争いが起こる。

「人に与えても、減らない灯火」
自身の生命の燃やし方、1本のキャンドルとしての在り方(人生)を、イメージングしてみる。
キャンドルの炎を燃やし続ける燃料、その想いが、まずは絶えないように。
その灯火を分け合い、ともに照らし合う、互いの存在の有難さを忘れないように。

この世界を明るくしていけるのは、決して他人事ではない…私たち1人1人の良い想いです。

Anju

自燈明(じとうみょう): 自身が燈明の光となる

答えと応え

朝の大講堂
静けさの中にある「応え」を受け取る時間−
空っぽと捉えるか、満ちていると捉えるか。

すべては心が決めること。
すべては努力して得れる「答え」
Anju

祈るように、生きる

祈るように、生きる

「祈り」と聞くと、日常とかけ離れた遠い場所にあるもの…1年の各節目や人生儀礼の際にしか触れないもの…なんだか難しいもの…気休めじゃないの?…そうイメージされる方も多いのではないでしょうか。

実際は、「祈り」ほど私たちの最も近くで、そして「ど真ん中」に存在するものは他にありません。

生命・愛・想い・言葉・挨拶・日常・家族・人生・絆・ご縁・未来…これら全てが、祈りそのものであるからです。
自分が想像する以上の多くの人たちの「願い」や「想い」によって、自身の生命は産みだされ生かされています。

そして、自身が発する想いで、誰かの今日が笑顔であるのなら、「生きている」ことは、絶対に無意味なことじゃない。
無駄な時間も出会いも、そして別れ(解れ)もありません。

生きることは、祈り。
生きることが、祈り。
今、この瞬間が、祈り。

今日という日の祈りが、温かく前向きで優しいものでありますよう

Anju